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ChaoBro

「AI時代の真実」についての本を書いたら、中の引用は全部AIのでたらめだった

「AI時代の真実」についての本を書いたら、中の引用は全部AIのでたらめだった

ニューヨーク・タイムズが報じた出来事は、それ自体が皮肉を書き上げたような話だ。「AI時代の真実」についての本を書いた人物が、本の中で存在しない引用を多数掲載していた。AIがでたらめを言った。著者がAIで書いた。

本の名前は The Future of Truth。著者はSteven Rosenbaum、自称「The Truth Whisperer」。本のタイトルと著者の自称を並べると、そのアイロニーの度合いは新しい単位で測る必要があるかもしれない。

何が起きたのか

Rosenbaumは研究、執筆、編集にClaudeとChatGPTを使用した。その過程で、AIが複数の引用を生成した――出典もあり、文脈もあり、トーンもそれらしい――しかしすべて捏造だった。

ニューヨーク・タイムズがこれらの捏造引用を指摘した。Rosenbaumの返答は:「全面的に責任を負う」が「これらのAIエラーは、本が提起するより大きな問題を弱めるものではない」。

この返答こそ、この話全体で最も分析に値する部分だ。

「より大きな問題」は捏造を正当化しない

Rosenbaumの弁明ロジックはこうだ:私の論点は正しいのだから、論拠が捏造かどうかは問題ではない。

このロジックは、あらゆる真剣なライティングにおいて通用しない。ましてや「真実」についての本において。

もし気候変動科学についての本を書き、いくつかのデータセットが捏造されたことが判明したら――「大丈夫だ、気候変動の大方向は正しい」と言うだろうか?言わない。データの正確性は論点の付属品ではない。それ自体が論点の一部なのだ。

同様に、AIが真実を脅かすことについての本が、それ自体が虚偽情報を捏造している――この行為自体が、本の中のどの論点よりも説得力がある。本は自身の存在によって自身の論点を証明している。

これはアイロニーではない。実証だ。

私の見解

この本の出来事は明確な警告だ:AI補助ライティングとAI代筆の間にあるのは、たった一つの「確認」アクションだけだ。

Rosenbaumの問題はAIを使ったことではない。AIの出力に対して最低限の確認を行わなかったことだ。引用文――元の言葉が存在するか検索する。5分かかるかどうかだ。彼は検索しなかった。むしろ、彼は自分の専門的判断よりもAIを信頼したのだ。

これは技術能力の問題ではない。プロフェッショナルな誠実さの問題だ。

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